2016年01月08日

仲が悪い二人の言い合いに、クリスマス会が台無し

子どもが通う幼稚園で知り合った二人のママ友の仲が悪くて、わたしを含めた回りのママたちが巻き込まれて困っています。

幼稚園では毎年12月にクリスマス会をしています。プレゼントや料理は幼稚園で用意してくれますが、園の飾り付けや準備は親たちもお手伝いします。仕事で当日の準備が出来ない人は、自宅で折り紙を使った飾りを作ってくるのが担当でした。

ママ友のAさんは、何事もきっちりしたいタイプの人で、自分の意見を論理立てて言える人です。一方、ママ友Bさんは気が弱いけどしっかり者で、毎日遅くまで働きながら子育てをしています。AさんもBさんも、個別に付き合っているぶんには凄く付き合いやすいのですが、AさんはBさんをとにかく嫌っていて、本人がいないところで酷い悪口を言っています。Bさんもそれを分かっているのですが、あえて何も言わず、自分からはAさんに話しかけもしません。そんなBさんは、仕事でクリスマス会の準備に参加できないので、自宅で飾りを作る担当になりました。

クリスマス会当日の朝、Bさんが作った飾りを見てAさんは不機嫌になりました。Bさんは、幼稚園が用意した折り紙に加えて自分で用意した可愛い絵柄の紙で、飾りを作っていたのです。それは、別に禁止事項ではないし、Bさんも良かれと思ってのことだったのですが、Aさんは「なぜこんな勝手なことをするのか。当初の計画がダメになってしまう」と言ってしまったのです。これにはBさんも怒って、今までの不満が爆発。クリスマス会の楽しい雰囲気が一変してしまうほどの、激しい言い合いになってしまいました。

しかも、言い合っている内容が飾りの件から離れていき、まるで子どものケンカのよう。周りにいたママさんも先生も、口が出せなくなるほど、互いに大声で言い合っていました。園長が二人をなだめてくれて落ち着かせてくれましたが、その後のクリスマス会はなんだかギクシャクして親たちはまったく楽しめませんでした。


posted by luvluvcrx at 16:30| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年11月28日

子どもを産み育てるのは両親

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一人目の子を授かったのは、結婚後一カ月が経った頃でした。

夫は正社員ですが高収入ではなく新卒二年目だったので、私も働くつもりで資格取得の勉強中でした。

そんな中授かった子ですが、夫婦の間に芽生えた命ですから産まないと言う選択肢は有りませんでした。

産む為には今の貯金をどう使っていくか、私の社会復帰をいつにするかと言う現実的なことを二人で考えました。

初めての妊娠で、私達の結婚が早めで周囲に相談出来る友達もいなかったので、何も考えずすぐに両家の親に伝えました。

私が共働きする前提での結婚でしたので、親が純粋に喜んでくれるとは思いませんでした。

案の上、電話の向こうの義母からは暗い声が聞こえました。

ただそれは予想の範疇で仕方がないことと受け止められることでした。

事件が起きたのは翌日でした。

遠方の義父母から電話が来て、「子どもを堕胎して欲しい」と言われました。

何を言っているのか、私には全く理解出来ませんでした。

親が放任的な家で育った私には、夫婦にそんな干渉をしてくることが信じられなかったのです。

勿論援助を受け生活をしていたわけでもありません。

悪阻が始まっており、子どもを産むと言う不安や、妊娠による情緒不安定の中、一番傷つく言葉でした。

これが人の親の言葉なのかと、絶望的な気持ちになりました。

お腹の子どもの血の繋がった祖父母が望むことなのかと、恐ろしくなりました。

正確な言葉の真意は今でも分かりません。

あの時電話で言われたことは「生まれてくる子が不幸になる」と言うことでした。

私達が20代前半で若く頼りないからと言うことかもしれません。

又、結婚したばかりで地方に住む義父母には授かり婚と誤解されたくないなどの、世間体があったのかもしれません。

現実、妊娠期間を正確に分からない人には授かり婚と誤解されがちでした。

しかしどんな理由があろうと私達が自立して子どもを育てる意思があるのに、私達と話し合う前に「堕胎」と言う結論を勝手に出した義父母を許せませんでした。

住所も知らせず引越し、夫の携帯電話も解約後に契約し直し、少しずつ義父母と関わらない生活の準備を始めました。

結婚している友人のいなかった当時、誰もがそれに反対しました。

それが辛くもありましたが、それによって心の平穏を少しずつ取戻し出産に臨めたことは間違いではないと思いました。

一人目の子はもうすぐ9歳になります。

義父母には一度も会わせていません。名前どころか、性別すら教えていませんし、私も一切連絡を取っていません。子どもに「幸せか?」と尋ねたところ、「幸せ」と返って来ました。

だったら私が後悔することなんて何ひとつありませんし、きっと一生義父母の言葉を許す日は来ないのではないかと思います。

そして私は簡単に堕胎を口にするような親にはならないと、心に決めています。
posted by luvluvcrx at 13:29| Comment(0) | 妊娠中のトラブル | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年08月01日

あの当時の自分は一生懸命すぎたのかも

今では子供の少々の事ではあまり動じなくなっていますが、一人目を育児中は本当に毎日が辛いと感じる日も多かったです。私は20代前半で一人目を出産しました。もちろん子供が出来たとわかった時は本当に嬉しかったし、産まれてくるのが楽しみでした。そして産まれてみたらやっぱりわが子はこんなにも可愛いものなのかと思うほど、今までには味わった事がない感情があふれていました。

初めての子供と言う事もあって、出産前に自分なりに色々と勉強もしていました。そして退院していざ育児が始まって思った事。子供を育てるってこんなにも大変で、思っていた通りにはならないんだと言う事。育児書にはだいたい3時間位おきに起きて、授乳してオムツ替えて、そしてしばらくの間はほとんどが寝ていると書いてあったし、自分でも辛いのは3時間ごとに起きるのが慣れてはいないから慣れるまでは大変だろうとは覚悟はしていました。しかし実際は3時間ごとではなくて、なぜか何をしても泣いていて起きている時間が長い。

しかも期限が悪くて起きているもんだから自分の一緒に付き合わないといけない。何で泣いているかが分からないから、何をどうやって泣き止ましたら良いかが分からなくてきずいたら自分まで一緒になって泣いていました。

旦那も休みが不定期で何時に帰ってくるのかも分からない毎日。毎日子供と2人でなれない育児。そして話す相手もいなくて、電話で話すくらい。もちろん友達と会ったりするよゆうなんて当時はありませんでしたが、なんだかこの世に子供と2人で取り残されているような感じに思えていて、夕方になって周りの景色が暗くなって行くのが無性に寂しく感じたのを覚えています。

夜鳴きもだんだんと酷くなってきて、お風呂に入れる時間を変えてみたり、部屋の中ではなるべく音がならないように電話の音も切っていました。この時はただただ自分が眠りたいと思っていました。そして一ヶ月検診のときまでは子供が嫌いになってしまいそうで自分が怖かったです。そんな憂鬱な気持ちで迎えた一ヶ月検診で、その思いはなくなりました。

看護師さんが、赤ちゃん体重もしっかり増えて元気ですね。ママも一生懸命なのが良くわかりますよと声をかけてもらった時に思わず涙。看護師さんが色々とお話しを聞いてくれて今までの重いがスーッと消えていきました。何かあったらまたお話ししに来てねと言われて、困った時は誰かに話してもいいんだと思えた事が不安から開放されたんだと思います。

もちろん夜鳴きが無くなって楽になった訳ではないけで気持ちの面では全く違います。わが子の事を嫌いになってしまうんではないかと思って、自分で自分が怖かったけど、それ以来、わが子って本当にかけがえのない存在で本当に可愛いと思って育児が出来る様になりました。

そして今では3人の母になりました。生意気な時は腹も立ちますが、一人目に感じたような気持ちにはならずに育児が出来ました。神経質になりすぎていたんだと思います。今は毎日忙しいですが楽しく生活ができています。私のように悩んでいる人は誰でもいいから少しでも誰かと話してほしいと思います。誰かと話すって大きい力になると私は思っています。
posted by luvluvcrx at 15:30| Comment(0) | 子供のこと | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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