2015年06月22日

妊娠中から、夫の恋心は始まっていたのかもしれません

子どもが3才になるかならない頃、夫の携帯から女性とメールをしている内容がわかりました。夫は若い女性と恋をしていました。当然ながら夫婦間はそのことでもめて、結果的に数年後離婚という形で終わりましたが、その当時は悪夢のような毎日でした。

まず私は夫のことを男性としては愛していなかったかもしれません。

ですが、家族としての愛情は持っていましたし、ご飯を作ったり洗濯をしたりと身の周りのことはしっかりしていたつもりです。ただ夫婦関係は子どもを妊娠したのを最後にまったくありませんでした。今だったら、そういうセックスレスな関係は自然ではないし、離婚にいたっても仕方ないと思えるのですが、当時はまだ20代なのでそういうものなのかと私は思っているだけでした。

夫の婚外恋愛が発覚してから、離婚話になり、色々話した結果、どうも子どもができる前か妊娠初期くらいにその女性と知り合っている模様。

そして本人いわくプラトニックとは言いますが、お互いの恋心は芽生えていっていた様子です。そう考えると思い当たるふしがいろいろとよみがえってきました。

妊娠中の私を気遣うこともなく、つわりで苦しんでいる姿を「こっちまで気持ち悪くなる」「俺も吐き気がした」など思いやりのない発言を繰り返し、ごはんが作れない私に「もういい!俺がする!」と逆キレしたりと優しさは感じられませんでした。

子どもが産まれて実家にいた時も歩いていける距離にいたにもかかわらず、「仕事が忙しい」と会いにもきませんでした。

今思うとその時がチャンスとばかりに独身気分を満喫していたのかもしれません。

証拠がないのではっきりとは言えませんが。

妊娠中から恋愛を始めて、数年後に私が携帯のメールを偶然に発見して全てを悟りました。数年間、夫の家族に対する無関心を性格的なものかと思っていた自分が馬鹿みたいでした。最初から別の女性に心があったので、家庭はごはんを食べたり寝る場所だっただけだったと思います。

離婚後、夫とその女性がどうなったかはわかりません。

夫はいまだ独身ですが、その女性とまったく縁が切れたわけでもないようです。ただ、子どもが小さかった時は本当に目の前が真っ暗になり、どうやってこの先生きていったらいいのかわからずに、かなり精神的に追い詰められました。

今は元気にシングルマザーとして生きています。

必ず前向きに頑張れば何とかなります。


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2015年06月18日

ヒドイ恥骨痛に悩まされていました

産後の不調で困ったこと、一番はヒドイ恥骨痛でした。何と言ったら良いか分からない程、産後は下半身がとても不安定な状態で、まるで力を抜くとすぐにでも骨盤がバラバラと砕けてしまいそうな、今まではどこに力を入れて歩いていたのか、歩き方すら忘れてしまったようで、自分自身の体とは思えない状態でした。

私の恥骨痛は出産する3週間前から始まりました。

家で一人、横になっていた時、急に激し過ぎて痛みを伴う胎動を感じました。

その後、水っぽい出血が見られたので、急いで救急外来で診察を受けると、子宮口が3cm開いており、そのまま入院しました。

しかし、その後は破水も出血も止まり、陣痛も始まらなかったため、翌日には退院することになりましたが、恥骨痛だけが残りました。

それからの毎日、日々酷くなってくる恥骨痛に悩まされていましたが、出産すれば、この痛みともおさらば出来ると思い、我慢していました。

しかし、実際はそんなに甘いものではなく、産後の方が恥骨痛が酷かったのです。

産後も痛みが体に残る、ツライ状態が続くだなんて、思いもしなかったので、本当にショックでした。ヒドイ恥骨痛の他にも、妊娠中よりも足が浮腫んで腫上がってしまい、妊娠中に履いていたサンダルでさえキツイ状態でした。重たい足を引きずるようにして歩き、少しでも力を抜くとバラバラに砕けそうな骨盤を抱え、動く度に激痛が走る恥骨に絶望的な毎日でした。

こんなにもボロボロな体では、自分がトイレに行く時でさえ大変なのに、満足に子どもの世話も出来ない状態で情けなくもなりました。

結局、産後2ヶ月目くらいに産前産後の骨盤矯正などを得意としている出張整体をお願いして、何度か施術を受けることにしました。なかなか恥骨痛は治らず、体を捻るような動きをしたり、特に寝返りをしたり、足を開いたりする動きの時に痛みが残りました。

けれど、産後半年が経った頃には、体の浮腫みも改善してきて、不安定だった下半身もしっかりとバランスが取れるようになってきました。

今、出産から1年半以上が経ちましたが、未だに恥骨に痛みと言うか、違和感を感じる時があります。やはり、足を大きく開いたりする動きに弱く、長距離を歩くなどして疲労が溜まると、痛みを感じることがあります。
posted by luvluvcrx at 13:56| Comment(0) | 産後のトラブル | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年06月09日

授かりものとは言うけれど…… 授かりものとは言うけれど…… 授かりものとは言うけれど……

夫婦ともに25歳で結婚しました。まだ二十代だし、子どもなんて自然にできるだろうと思っていました。寧ろ、新婚早々に妊娠してしまったら二人っきりの生活が楽しめないな、なんて思っていました。しかし、6年間子どもは出来ませんでした。最初、私は多少冷え性で、生理痛はありましたが、生理は定期的にきていたし、あまり深く考えませんでした。基礎体温を付けたり、排卵日を調べたり、ましてや産婦人科に相談するといったような積極的な子作りはしませんでした。

しかし、1年、2年と経つうちに少し、迷いが出てきました。夫と二人だけの生活は穏やかでした。共働きなので、生活にも多少余裕があり、貯金しながら年に2回くらい国内旅行もできました。私は何がなんでも子どもが欲しい、子どものいない人生なんて不幸だ、とは思いませんでした。夫もそんな感じでした。しかし、人生で一度も胎動を知ることはないのか、母乳を上げることはないのか、と思うと少し寂しく思いました。三十歳に近づくにつれ、ますます強く思いました。

しかし、不妊治療や不妊の検査には抵抗がありました。セックスした後に内診をしたり、痛かったり、お金がかかるイメージがありました。そういうことをして、医者にセックスの日を指定されてしまうと、夫の性格上、セックスができなくなる、もしくは夫婦関係がうまくいかなくなるだろうと予想できました。私自身もそれは嫌でした。なので、自分で排卵日を調べましたが、夫に排卵日を教えることはしませんでした。

私は派遣社員で、一年から三年程度で職場が変わりました。新しい職場に配属されてすぐ妊娠してしまうのはあまりに無責任なので、職場が変わると暫く子どもを作るのを控えなければなりませんでした。自分は年をとっていくのに、子どもを作れないのはすごく焦りました。結局、新しい職場に配属されてから半年後に妊娠し、八か月になるまで働きましたが、無責任だったかどうかは分かりません。

私の母親は結婚してからずっとずっと早く子どもを産めと言い続けていて、それはとても辛かったです。母は二年おきに三人の子どもを出産したので、自分の娘が妊娠したくてもできないなどとは理解できないようでした。
posted by luvluvcrx at 16:14| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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